2019年6月1日土曜日

昭和37年10月31日 参議院 法務委員会

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/041/0488/04110310488002a.html

[222]
説明員(公安調査庁次長) 関之
破防法を正しく実施するということは、要するに破壊的容疑団体を調査するということになるわけで、これは国会の意思であるわけです。そこで、共産党を含めて左が5つ、大日本愛国党を含めて右が5つ、これらの団体に対してはどうも事情からみて破防法上調べざるを得ない、こういうふうなことになっております。およそそれ以外のいかなる団体に対しても、破防法上たとえば調査をするとか、あるいはそこに活動費を使って運動するというようなことはとうてい考えられないことでありまして、その点は法律を厳格に守る、また守らなければならない、こういうふうに私どもは考えておる次第であります。

[223]
日本共産党 岩間正男
矛盾するじゃないですか。大臣は、何も共産党だけ区別する、そういう考えはもちろんない。しかし、あなたは、共産党はそういう容疑団体だ。あなたは左のほうは区別するのだ、そういうようなことを言われるその根拠、それであなたは国会の答弁を押し通してきた。何10回もやってきた。私ちゃんと調べています。ところが、一体いつどこでそれはきまった。容疑団体というのはどこでどのような客観的な形できまったのか。つまり、閣議で決定したのか。法務省議で決定したのか。あるいは公安調査庁の庁議で決定したのか。決定したとすれば、何月何日、だれが参加して、そうしてどのような理由によってこれを容疑と決定したか。その法的根拠は何か。これだけの問題をあなたは明確にする責任があるのです。天下の公党をあなたは誹謗して、これを容疑団体とかなんとかレッテルを張って、張られる立場になってみなさい。これはほかの団体だって同じだ。朝鮮総連だとか全学連だとか、こういうところはみなやられている。そうして、あらゆる今のような偽名を使おうが何をすることも全部合理化されるという根拠はどこにあるのか。だから、それを私は聞きたいのだ。

これは大臣からお聞きしますけれども、大臣、御存じでしょう。共産党を容疑団体と決定する、これはいつどのような客観的取り扱いによってされたのか。いつの間にかだれかがどこかでこういうようなことをやって、それが一般化していくということでは、これは日本の国政というものはじゅうりんされていくようになる。いつ、何月何日、はっきりこれは言って下さい。

[224]
法務大臣 中垣國男
そのお尋ねにお答えする前に、非常に大事な点でどうも行き違いがいろいろできているようなので、もう一ぺん明らかにしたいと思いますが、私は先ほど、共産党にだけペンネームを使ったり、どんな手段でもいい、そういうようなことは断じてないと申し上げたのです。

あなたのただいまのあれですと、共産党そのものが公安調査庁の調査官の情報収集の対象にはなっておらぬと私が言ったようなことを言われたのですが、そのことはこれは違うのでありまして、これは、御承知のとおり、公安審議会の設置法がありまして、公安審議会におきましてちゃんとそれぞれのまあ条件といいますか、破防法に照らし合わせましてのそういう指定団体というものは今もあるわけなんです。これはずっと前から。はっきり記憶しておりませんが、たしか昭和29年じゃなかったですか――7年ですか、そのころにそれぞれの法律上の諸手続を経て、そしてまあそういう調査活動の対象団体としてはあがっておるわけなんです。その中に共産党も実は含まれておるわけですよ。

私が先ほど申し上げましたのは、調査官の調査活動というものが、共産党にだけどんな方法でやってもいいんだというようなことは断じてございませんと、こういうふうに申し上げたのですから、そこのところをひとつ……。

[225]
日本共産党 岩間正男
それは、審議会できまったというのは、どういうことですか。それを具体的にひとつ……。

[226]
説明員(公安調査庁次長) 関之
岩間先生のお尋ねに対してお答えいたします。

これは過去のことになりまするから、たいへん恐縮でありまするが、少し長く御説明申し上げたいと思うのであります。昭和27年の7月21日に破防法が実施され、公安調査庁が設置されて、初代長官藤井五一郎さんが就任したわけであります。この破防法の建前から見て、そしてまた公安調査庁設置法などの観点から見て、破壊的な疑いのある団体は必要なる調査をすることができる、こういうことになるわけであります。しからば、その破壊的団体であるということは一体どこがきめるかという問題でありますが、これは行政組織法から申し上げますと、やはり結局は長官がおきめになる、こういうことに私は相なろうかと思うのでございます。そこで、長官は、もちろん部下その他のいろいろの報告を聞き、そして自己の御判断で、これはどうも破防法上調べろ、こういって全庁に調べることを指示いたす、こういうことに相なるわけであります。それで、藤井長官が、どうも共産党は破防法上調べざるを得ない、容疑の団体である、そういうふうに御決定を願ったのは、就任後10日前後のことであろうとまあ申し上げてよろしかろうと思います。その間にいろいろの報告を聞かれまして、共産党をひとつ調べてもらいたい、こういうふうなお言葉がありまして、そしてそれが全庁に指令されまして調査をいたした、こういうことになるのであります。

長官が決定いたされました。なぜ共産党が破防法上の破壊的な容疑団体であるか否かというこの事情につきましては、これはもう従来しばしばこの国会において岩間さんにもお答え申し上げましたし、まあ何回かもう申し上げましたる点でありまして、要するに、共産党が26年と7年のそのころにわたって破防法所定の暴力主義的破壊活動に訴え出た疑いがある、そしてさらに将来継続反復して同種の活動を繰り返えす危険性が、可能性がある、こういうことに相なるわけでありまして、まあこれらの点につきましては、時間が長くなりますからして具体的なことはむしろ避けますが、要するにまあかいつまんで申し上げますと、そういうところなのであります。

日共と在日の事件 ~ ソースは国会議事録

神奈川税務署員殉職事件      19470623
浜松事件             19480404~05
犬山事件             19480408
阪神教育事件           19480414~26
宇部事件             19481209
姫路事件             19481210
益田事件             19481225~26
平事件              19490630
下関事件             19490820
武生事件             19490920
台東会館事件           19500310・20
人民広場事件           19500530
・朝鮮戦争勃発           19500625
長田区役所襲撃事件        19501120~27
大津地方検察庁襲撃事件      19501201
円山公園事件           19501209
王子朝鮮人学校事件        19510307
浅草米兵暴行事件         19510321
東成警察署襲撃事件        19511201
練馬事件             19511226
白鳥事件             19520121
田口事件             19520203
京都事件             19520223・0320
広島事件             19520301
静岡地方裁判所事件        19520414
血のメーデー事件         19520501
京都メーデー事件         19520501
広島地裁被疑者奪回事件      19520513
大阪地方裁判所堺支部事件     19520515
吹田事件             19520625
横川元代議士襲撃事件       19520807
大村収容所事件          19521111
・朝鮮戦争休戦協定締結       19530727